One month in Tohoku: working with the Ohara fishermen

Posted in: Earthquake Relief- Jan 31, 2012 No Comments

Sunday night was my first decent night’s sleep since I got here last Tuesday. The days are full of so much more laughter and warmth than I had imagined, but I find the nights to be difficult — there is a deep grumbling periodically through the night that I’m told is the noise that occurs [...]

One month in Tohoku: even the temples are temporary

Posted in: Earthquake Relief- Jan 29, 2012 No Comments

You have to be quite sensitive in handing out donated goods — it’s not like it was when I first came here where everybody you met needed something. Most people have the basics now although it is surprising how many people need things like new socks or a new coat. What is still the same, [...]

One month in Tohoku: Takako-sensei says I’m “abnormal”

Posted in: Earthquake Relief- Jan 28, 2012 No Comments

Takako-sensei’s family owned much of the land in Ohara for 400 years. She speaks with pride of her home with its 140-year-old tree, and all the time and money she spent taking care of her beautiful house and garden — she says it all disappeared in 15 minutes. I met Takako-sensei on Thursday morning when [...]

東北での1ヶ月:清水田浜団地の女性たち(1月26日)

Posted in: Earthquake Relief- Jan 26, 2012 No Comments

東北での1ヶ月:清水田浜団地の女性たち(1月26日) ここに書く内容は、1日1つにしようと思います。でないと、毎日5000字書くのに夢中になって、寝る時間がなくなってしまいそうですし、今日のように地震が起きて朝の5時半に目が覚めたりすると、1ヶ月を乗りきるのが大変そうなので。 ということで、今日は清水田浜団地の仮設住宅にいらっしゃる女性たちについて書きます。 私は、RobartとHana(日本基金東北支部のPA。昨日、こちらに到着した方々。)と一緒に、暖房器具を届けに清水田浜団地に行きました。私が彼ら を待っている間、2〜3人くらいのお年を召した女性が、車の中には何が入っているのかと聞いてきました。今日は、コートを届けるために朝の10時に戻る予 定だったので、私も一緒に車の荷物を下ろし、下ろしたものを全部、団地にある共同部屋に並べました。団地に住む皆さんが、一通り見終わるまで待って、残っ たのものはまた持って帰って来ました。 彼らがズボンを必要だと話しているのが聞こえたので、思わず話を遮り、どんな種類のどのサイズが欲しいのかを聞きました。これで、私のリス トに男性と女性用の暖かくて着心地のよいズボンまたはスキー用のズボンが加わりました。(ここでは、かっこいいズボンは役に立ちません)サイズは、女性が 70〜80cm、男性が80〜90cmです。 私たちが残ったものを車に積むと、女性たちがお茶に誘ってくれました。一緒にテーブルを囲み、緑茶を飲みながらお話をしました。私は、この 地域の方言を理解するのに苦戦していて、通訳なしで1ヶ月滞在するのは場違いなんじゃないかと嫌でも認めざるを得ないことがあります。私の日本語は本当に ひどく、ここでは、東京で使っていたような日本語と英語を混ぜた変な日本語では通用せず、いつも日本語を話さなければいけません。私は知っている日本語を 駆使して、奇跡的に、そこまで問題なく1時間半をその女性たちと過ごしました。 ここの女性たちは、私が牡鹿半島を愛する理由の1つでもあります。ー沢山お話してくれますし、いつも、お互いに会話をかぶせて冗談を言いながら、楽しく 笑って過ごしているんです。私は彼女たちの笑い声が好きで、笑い泣きしたことも何度もあります。ある女性は、私がWさんという男性といつも一緒にいるの で、「あの人は、彼女を作りたがっているんだから気を付けなさいよ」と、忠告してくれたりもしました。 ここの方々は、イギリス人の私が、東京から1人で車を借りて運転してきて1ヶ月も滞在すると言うので、驚いているようです。私は、これをそこまで大きなこ とと思っていなんですけどね。(私は、みんながそう思う理由が全然分からないのです)昨日、つだち仮設住宅団地でお会いした女性たち(70代)は、全員、 旦那様の牡蠣漁を支え一緒に働いていらっしゃいました。彼女たちのご両親もそのようにしていて、お子さんも同じようにして働いていました。今、彼らは仕事 がないので、牡蠣漁に関してはやることがほとんどないのです。彼女たちは、食べて寝るという生活に退屈していました。彼らの将来について尋ねましたが、答 えを持っていませんでした。ー彼女たち自身は、どうしたらいいか分からないようですが、私からお伝えできるのは、彼女たちは残りの人生を楽しむのにはとて も元気だということです。 自然と、彼女たちは津波が起こった時、どうしていたかを話し始めました。私は、ここの人たちは数ヵ月間は何があったかについて話すことがで きないと聞いていました。今、彼らは話すことができますし、話す必要があります。彼らはほとんどの時間を自分の部屋で過ごし、共有の部屋で過ごすことはほ とんどありません。なので、コートを届けると、少しの時間ではありますがみなさんが共有スペースに集まるいい機会になっていました。 1人の女性が、彼女の経験を話してくれました。ー彼女には、津波から逃げるのに12分しかなかったそうです。そのため、着ていた服を着てそ のまま逃げるしか選択肢がなく、小さな丘の上で自分の家と中にあるものが流されるのを見ることしかできなかったと言います。涙は出ず、感じたことのない虚 しさだけが彼女を襲いました。その後も彼女は同じ服を3週間着続けました。他の方もみんなそうです。そして、みんな同時にその時のことを思い出して、みん なで一斉に笑い、その時の臭さについてお互いをからかい始めました。 津波が起こったときのことを話し始めた女性は、彼女の将来の話に戻り、私が彼女の悲しい経験について書き、読者の涙を誘えばお金が貰えると、けらけら笑い ながら言いました。彼女の言い方は、ユーモアに溢れ、笑い声のせいで悲しさを感じさせませんでした。その時の私の涙が明るいものだったかというと、そうで はなかったのですが。。。

One month in Tohoku: the ladies of Shimizudahamadanchi

Posted in: Earthquake Relief- Jan 26, 2012 1 Comment

I’m going to have to choose one thing to write about otherwise I’ll end up writing 5000 words each day and getting no sleep at all, which, if I get woken at 5:30am by an earthquake like I did today, isn’t going to help me get through the month at all! So today I’m going [...]

東北での1カ月:雪、温かくしてます、床屋さん、ヒーローRobert、そして、コートが半分無くなりました!(1月25日)

Posted in: Earthquake Relief- Jan 25, 2012 No Comments

東北での1カ月:雪、温かくしてます、床屋さん、ヒーローRobert、そして、コートが半分無くなりました!(1月25日) ここで1日中過ごすのは、今日が初めてでした。-昨日、到着して本当に良かったです。今朝、起きた時には、分厚い雪がすべてを覆っていました。ここの雪はやわらかいパウダースノーで、本当に綺麗です。今は荒れ地になっているところが覆われていて、昨日の夜は、起きたら綺麗な景色が見られるんだろうな、と考えていました。 昨日は、よく眠れませんでした。自分が、ここで本当の意味で役に立てるのかということを一晩中考えていたからです。けれど、太陽が昇るまでにその気持ちをなんとかしようと思います。 私は、ここでは1ヶ月間お風呂に入らないと腹をくくっていたので、たくさんのウエットティッシュと水を使わないシャンプーを持って来ていたのですが、今は、センターにはシャワーが設置されていて、わりと近いところにコンビニもできたので、私は石鹸とシャンプーを買うことができました。でも私は、ここに滞在している間は、自分のためにここの人たちのものを使いたくないので、たくさん動き回った時だけシャワーをすることにしました。と言いながら、今日は雪が降っていたので、本来なら“その日”ではないです。ここの人も、東京の人たちも「寒くないか」ということをとても気にかけてくれるので、お伝えしておきますね。-私は、保温タイツと厚い綿のコート、ウールの帽子に分厚い手袋を 身につけています。太陽の光が本当に明るく照らしてくれて、今日は温かかったので着ていたものを1枚脱ぎました。センターの方々は、私が寝るために電気毛布を用意して下さり、布団の横にはヒーターまで用意して下さいます。(これは、私としては誠実さに欠ける行為に思えるので、情けなくなってしまいますが。)‐ここに泊る日本人の女性ボランティアの方がいつも寒がっているから、と彼らが言うので、私たち外人は、お肉がたくさんついているので心配しないで下さい!と伝えました。 そのセンターは、大原小学校のすぐ前の小さな丘の上にあります。私は、その丘の上で塩を撒き、ヒロユキが、先生や子どもたちが学校に入るので、すぐにそれを掃いてくれました。大原小学校の校長先生が外に出てきて、すぐに私を見つけて下さいました。‐私は、以前ここに来た時に、Laira Green小学校からおもちゃとお手紙を箱に詰めて届けたんです。彼と再会できて本当によかったし、イギリスの人たちは今も東北の皆さんのことを想っているということを改めてお伝えしました。その時、Jackが現れました。-彼は、この地域に住んで英語の先生をしていて、毎週、すべての学校を訪問しています。ここには、2年住んでいます。彼は、地震直後はこの地域にも多くの外国人がいたけれど、今はそんなに多くは見ないと教えてくれ、来てくれてありがとう、と言ってくれました。私からは、彼に、自分は1カ月ここの地域に滞在するということと、一緒に協力しようと伝えました。 8時頃、8歳くらい年上の現地の男性が何人か現れました。-彼らは1週間に3回、ここに“コミュニティーワーク”をしに来ています。政府からは、彼らに1日8000円が支給されます。通常だと、その一環で掃除をしたりするのですが、この日は10時になるまで活動が始らなかったので、私たちはたき火を囲みながら外でお話しをしました。彼らは2、3日後に温泉に行けることを楽しみにしていました。私も、一緒に行くつもりです。-彼らが言ったのは冗談かもしれないし、私は混浴の温泉だと思っていたので自分はタトゥーがあるから入れないと言ったのですが、個別の温泉だから大丈夫と言われました。-ということは、ローマで行った温泉みたいなのかなぁ! 彼らは私の車のタイヤを見て、そのタイヤじゃこのエリアではだめだと、笑いながら言いました。後で分かったのですが、ヒロユキが私の車用に、インターネットでタイヤを安く買っておいてくれました。私は、友だちからもらっていた緊急用のお金で、そのタイヤを買いとりました。78,000円が16,800円という、素晴らしい値引き!タイヤは、数日後に届きます。そして、車と言えば、ここの人たちは車に鍵をかけず、鍵を差したまま止めておくんです。そうゆう生活は、いいなぁと思いました。 ヒロユキと私は、コンビニに行きました。ヒロユキはコンビニの店長さんに、私がイギリスでどんな事をしているか説明しました。そういう時の人の反応や、イギリスの子どもたちがどれだけ東北の人のことを心配しているかを知って喜んでくれる姿を見るのは、とても素敵だと思います。コンビニの近くには、新しい家が建てられていました。‐ちょっとおかしな新しい家が、荒れ地の真ん中にありました。誰かお金持ちの人(私個人の見解では、政府関係の人ではないと思います)が、そういうことをできるのだと思いますが、私は、この家の人には罪悪感がないのか、他の人は腹を立てないのか、また、この家が経済的にいい影響を与えているのかと色々考えました。その新しい家の隣には仮設の建物があ って、青と白の床屋の目印が付いてきました。私たちはその床屋さんの男性に挨拶をして中にお邪魔させていただき、しばらくお話をしました。-彼の家は丸ごと流されたので、彼は政府から60万円を支給されたそうです。彼は、そのうちの35万円で貨物用のコンテナを買ったのですが、建物を建てたり床屋を再開するために必要な道具を揃えたりして、全部で200万円かかったそうです。彼のところの散髪料は3000円なので、そのお金を返すには500回人の髪を切るということになるなと計算しました。これは、実際にこの地域のために力になる方法の1つです。-もし、あなたがボランティアに来るのであれば、髪を切って来ないで下さい。小渕に来て、髪を切ってください。私も5月から自分の髪を伸ばしっぱなしにし ていてモップのようになっているので、切っていただこうかなと思っています。-その床屋さん(私、本当に人の名前を覚えられないんです)は、私と飲みに行きたいと言って下さったので、絶対にまた彼に会いに行ってお誘いしようと思います。 数ヶ月メールで連絡を取り合って、ついに今日、Robert Mangoldに会いました。‐彼について、どこから説明しましょう。彼は、天使。ホントに本当に、今日、彼と1日を過ごすことができて光栄でした。彼は、京都を拠点とし、日本に20年住んでいるアメリカ人です。彼は、来れるときにこの地域に来ては、清掃や建物の修復の指揮をとってきました。彼の日本語は素晴らしく、それを聞いたら誰も不安を抱いたりふざけた人だとも思わないはずです。それほど、日本にずっと住んでいる人の話し方なのです。彼は、10年間この地域で生活し、1年間は、1日中フルで日本語を勉強したそうです。彼は、それを直感的にやったと言っていました。-あぁ、私もぜひやってみたい!いつかは! 彼は、別の村に住むササキさんというお宅に行かなければならなかったので、私もついていき、ノートを取ったり美しい景色の写真を撮りながら、復興のために必要なことを聞いて被災者の方々が本当に必要としていることが何なのかについて、考えていました。私のように、彼も自分が育ったところが思い出されるので、牡鹿半島に惹きつけられていると言っていました。また、自分は海軍にいて、大工という職業だから、自分はこの復興のためにいる人間だと言っていました。-彼は、みんなが最近、自分の満足感を得るためにどれだけお金に執着しているかについても話していました。私は、以前、慈善活動に対して個人のエゴを感じたことがありましたが、Robertにはそれを感じませんでした。‐彼は、自 分が言葉にしたことをそのままやっている素敵な男性なのです。 私はササキさん一家としばらくお話をしていると、何人かの男性が仮設住宅の前に建てられた“ワークスペース”と呼ばれる部屋をノックしていきました。ササキさんのお宅はほとんど流されてしまったので、彼らは主に、車庫で生活していました。Robertが車庫の裏に小さなリビングを作っていました。(Robertは、彼らのために小さいけれどお風呂や台所も作っていました)ササキさん一家は、私が滞在中、彼らのところへ来て泊っていいと言ってくれましたが、私は、家のことで何か力になれるときだけね、と伝えました。ササキさんの奥さんは本当に優しい人で、彼らと接していると本当に心が温かくなりました。-ここの方々は、本当に愛情深いです。私は、そういうところが本当に好きなのですが、東京 での生活が長かったので、なんだか拍子抜けしてしまいます。本当に、皆さん親しみやすい人ばかりです。-笑顔と笑い声に溢れていて、彼らがこれまで乗り越えてきたことを決して感じさせません。 ササキさん夫妻にコートが必要かを聞くと、必要だと言いました。-ササキさんの奥さんは私に、着ていたコートの穴を全て見せてくれました。大原に戻って、車のところまで行きました。雪が溶けて運転できたので、ササキさんのお家に戻ってきました。男性陣が大工作業をしている傍らで、ササキさんの奥さんと近所に住む女性3人でコートを選びました。(選んでから元に戻したのですが、それが、私とEmilyが最初に梱包した時よりはるかにきれいでした)-私が振り向くと、Robertが屋根に上って彼らと立っていました。彼はやっぱり、ヒーローです。 私たちはつだちに戻ってきました。ここは、私が以前から、コートを必要としている人がたくさんいるとお伝えしている場所です。私は、仮設住宅が団地になっているのを初めて見ました。丘の高い所にあって、木に隠れています。仮設住宅は10棟あって、1棟には簡易的な家が5つ並んでいます。それぞれに郵便受けがあって、入口のドアの横には、その家の名前が書いてあり、リサイクルボックスが置いてありました。-こういうものによって、人が、再び家を得ることができたと感じることができるというのは驚くべきものがあります。私たちは町長さん奥さんにお会いして、コートを渡してもいいか聞きました。彼女は共有部屋を開けて、ここに住んでいる人がみんな見れるようにして下さいました。みんな が、服や帽子、手袋などを見て回って、この小さな部屋には明るい空気が流れてました。彼らが少しは温かくなるかなと思うと、嬉しかったです。 まだ書きたいことはたくさんあります。-1日で起こったこととは思えません。私はたくさんの人たちに会い、自分の存在が全く意味のないものだと感じました。1日の最後の最後で、私は、自分がただ居るだけでもここの誰かが喜んでくれているのかな、と感じました。-太陽が沈む頃、大原に戻る時に私は、少し離れたところで2、3人の男性がトラックに乗って帰ろうとしているところを見ました。彼らはみんな、イギリス国旗のステッカーが貼ってある青い車(アンテナにも、ユニオンジャックをテープで貼り付けています)を物珍しそうに見ていたので、私はクラクションを何度か鳴らして、窓から手を振りました。すると彼らは、最高の笑顔で大きく手を振り返してくれました。もし、私がここで、ただそ れだけやっていてとしても、そんなに悪いことではないんじゃないかと思っています。

One month in Tohoku: snow, staying warm, the barber shop, Robert’s a hero, and half the coats are gone!

Posted in: Earthquake Relief- Jan 25, 2012 1 Comment

Today was my first full day here — and I am so glad I drove up yesterday because I woke up to thick snow covering everything. It’s really soft powdery snow here and was actually quite beautiful to wake up to, hiding the wasteland that is here now, as I had thought last night during [...]

Arrived in Oshika-hanto

Posted in: Earthquake Relief- Jan 24, 2012 No Comments

I’m now sitting in my pajamas in Ohara Community Centre, with Seiji, Hiroyuki, the man who likes big English bottoms, and a couple of volunteers; having just finished an unexpected shabu shabu feast. The drive up here was lovely — I think when I came here before it was dark so we didn’t get to [...]

My month in Tohoku starts tomorrow

Posted in: Adventures, Charities & fundraising, Earthquake Relief, Friends- Jan 23, 2012 No Comments

So little Mavis (the car) is jam-packed to the roof with 91 coats, 20 hats, six pairs of gloves, 14 scarves, two electric blankets, three pairs of ski pants, 14 fleeces, two blankets, seven knitted dolls, and one pair of ski boots. I literally cannot get anything else in there — I had to leave [...]

英語でハマッコ』春のセミナー2012

Posted in: Adventures, Business, Charities & fundraising, Earthquake Relief, Entrepreneur, Events, Foreign women in Japan, Living overseas, Speaking engagements, Stroke, Working in Japan- Jan 19, 2012 No Comments

Pasting the Japanese announcement about my talk on Sunday …. 英語でハマッコ』春のセミナー2012 「英語で聴く世界の中の日本」レクチャーシリーズNO.16 British lady’s adventure in Japan    –through her professional and personal life.  英語(通訳なし) 講師 : キャロライン ポーヴァー女史 イギリス人。1996年に来日以降、英語教師から始まって、現在は、著作、出版,講演、カウンセリングなど、多方面で活躍。 著作では、『アスク キャロライン』 “Being A Broad in Japan”  ‘Guide to International Schools in Japan”  イギリ ス人女性から、日本の印象、イギリスのこと色々聞いてみませんか。 開催日時 ; 2012年1月21日(土曜日)。 時間  : 午前9時45分から12時まで(受付は9時20分から) 場所  : 関内ホール “小ホール”   JR関内駅下車徒歩6分、市営地下鉄関内駅9番出口下車徒歩3分    MM線馬車道駅下車徒歩4分。 http://kannaihall.jp/access/index.html 申し込み(先着順);名前・住所・電話/Fax・ E-mail(あれば)記載し深井直子宛。 TEL/Fax の場合  :045-710-6546 E-mailの場合   :naofukai@jcom.home.ne.jp 個人情報厳守      会費  ;  1人 ¥700.(会場受付でお支払いください)      主催 : 英語でハマッコ(Amity Yokohama) [...]